2007-08-24

Feint その後

 5月にうちで盗みを働いた近所のパットが、バックヤードの芝を刈っている。芝刈り機のグイーンという音が響き渡り、彼の仕事ぶりは見なくてもわかる。彼は、定期的にやってきて、家の前と後ろの庭の芝をきれいに刈り込む。彼の仕事に、見返りの報酬はない。

 パットの犯した罪に対して、どんな罰を与えるかは私たちに任せられていた。裁判に訴えて彼を前科モノにすることもできた。そうすれば、彼は数週間後に控えた高校卒業ができなくなる恐れがあったし、一生、前科モノというレッテルが付いて回ることになった。パットの両親も、パットもそれだけは勘弁して欲しいと思っていたのを知っていて、私たちは裁判に訴えるのをやめた。その代わりにどんなことをしたらいいのか考えた挙句、パットに反省文を書かせ持参させ、これからも今まで通りにうちの庭の芝を刈ってもらうことにした。それも無償でだ。

 うちの庭の芝は、芝というよりもほとんどが雑草で、他の家に比べたら何ともお粗末なものだ。それでも色は緑だし、短くカットすれば、パッと見には芝生とそう変わらない。このネイバーで、こんな芝生をしているのは、うちくらいなものだろう。どの家も見事に手入れされた芝を競い合っている。パットは、今、そんな雑草ばかりのフェイクなうちの芝を刈りに来ている。

 彼は、6月に高校を卒業し、この8月に近くのコミュニティーカレッジに入学した。そこで、勉強しながら4年生大学への編入を狙う。それと同時に、市がやっている麻薬薬物からの依存を断ち切るためのコースももう受けている最中のはずだ。
 パットがお金を盗んだのは、自分の「ヤク」を手に入れるためだったらしい。数年前、何か事故で首に怪我をし、その時病院で麻酔作用のある薬を使われたが、それは依存性があるもので、それ以来その薬に依存してしまったというのだ。なんで病院がそんな薬を使ったのか、私は病院の治療に疑問を持ったが、聞くところによるとそれを治療に使うのは一般的なもので、もっと依存度の強い薬もあるそうだ。ただ、パットはそれをきっかけにその薬に興味を示し、それからというもの、手に入れるために必死だったらしい。それを彼の両親は知らずにいて、この盗みが暴露して初めて自分の息子が薬物依存であることも知った。彼らにとっては二重のショックであったに違いない。

 和紙の封筒とお年玉は、あの事件の数週間後に警察を通して戻ってきた。それまでの間は、私たちが裁判に訴えるかもしれないことを想定して、警察が現物証拠として保管していた。しかし訴えないことになったので、そのまま封筒とお金は戻ってきた。娘のマリーの元に。封筒は少し毛羽立っていたが、中身の現金は間違いなく1万円札と千円札が数枚ずつでそのままだった。
 その封筒は今は日本だ。戻ってきたお年玉はマリーの大事なへそくりの一部と化して、新しい部屋の新しい引き出しにしまってあることだろう。