2007-07-26

ぽっかりと空いた穴

 去年の夏、このコテージに初めて来た。
ニューイングランド地方の東海岸に突き出た避暑地で有名な半島。
そこにポツンポツンと点在するこの地方独特の切妻屋根のコテージ群。 夏は仕事の関係で毎年ここで過ごすという主人について、車を二日間も走らせここに着いたのは真夜中だった。 海まで歩いてたった5分なのに、
森の中にいる錯覚に陥らせるほど鬱蒼と茂った木々。その中に隠れるように建つこのコテージの中で、私はそっと去年の夏を思い出している。

 一階にはキッチンとリビング、そしてふたつのベッドルームがあり、屋根裏にもひとつベッドルームがある。一階の私がいるマスターベッドルームの壁ひとつ隔てた隣は、女の子たちのベッドルームとして夜遅くまでキャーキャーいう声が絶えなかった。その部屋にふたつあるベッドのひとつを、今年は誰も使っていない。去年、その周りを極めるほど散らかし放題にし、カラフルな夏の洋服で埋もれていたベッド。明るく笑い出したら止まらない娘の性格がそのまま乗り移ったかのような賑やかなその姿は、今は見当たらない。今年はただのシンプルな安いマットレスが置かれているだけだ。まるで入院患者がいなくなった病院のベッドのように、そこだけ機械的なベッドというオブジェが、若草色のマットレスと共になんの感情も持たずに放置されている。そして私も、このコテージに同じような立場で放置されている。

 目をやると、窓の横に立てかけたままの大きなスケッチブックが同じように放置されている。今年は開いてもいないが、最初のページに何が描かれているか、私は知っている。砂浜と海。打ち寄せる波に弄ばれる一双のボート。その波の色使いに目を奪われたのは、つい昨日のようだ。しかし、まだ完成されていないその絵が、いつか仕上がるのかどうか、私は知らない。明日という日が、予測できないものであることを知って、私は何かを期待することが怖くなった。誰にも使われないままのパステルの箱、色鉛筆の箱、油絵の具の箱。一緒に荷造りをして、あの絵の完成を楽しみにしていた自分が悲しい。

 足を入れたら凍ってしまうほど冷たい青く透き通る海の水も、潮の匂いのする風に大きくなびくソルト・マーシュの眩しい緑の草原も、停電になった小屋を叩き割るのではないかと思わせる雷雨の響きも、真っ赤な夕日が水平線に大きく沈むのを見ながら釣った大漁のタイも・・・キリがないほどここで味わうものの何もかもが、すべて何の変哲もない意味のないものに成り変る。それがより感動を呼び起こすものであればある程、私の元ではそれがまったく無意味なものとして、跡形もなく砂の城となって崩れ去る。それを共感する者を持たずして、なんの感動があるものか。


 「ねえ見て、きれいねえ!」「なんてすごいんでしょうねえ!」!と話しかけたくてたまらない。
しかし、話しかけたところで、そんな言葉は宙を舞って風に消えていく。声にするずっと前に波の音に消されている。娘のマリーは、ここにはいない。どんなに大声で叫んでも届くことのない地球の反対側で、マリーは私を避けるように寝入っているに違いない。

 ここで主人と主人の二人の子供たちに囲まれていても、足りない。私に最も必要な人間が欠けている。感動に出会うたびに、そしてここでじっとして、隣の部屋との壁を見るたびに苦しくなる。私が自分の血と肉を分け、私のすべての経験と智恵を分けて与えたかった娘はここにいない。自らの意思でここに来なかった。「ここ」に来なかっただけではなく、これからの生活のすべてにおいて、彼女は私から離れて生きていくことを選択した。中学2年生の身で・・・。親から離れて生きていくと、彼女は決めたのだ。





2007-07-22

いつ ひっくり返ってもおかしくない ヤジロベエ

何のためにバランスを取ろうとしているのか
そんなことさえ忘れてしまった
あっちを立てれば こっちが立たず
こっちを立てれば あっちが立たず
時に大きく揺れ ぐるぐる回りだす
ああっ と思う間もなく
自分がどっちを向いているのかわからなくなる
その揺れに身を任せ 
どうにか止まるのを待つ
待つ?
いや 待ってなんかいない
なす術を失い途方に暮れているうちに
なんとかひっくり返らず
どうにかこうにか
身を持たせている自分を発見するだけのことだ